ひとくち伝言 平成23年9月
先日、あるご法事でのことでございます。右手で木魚を叩きながら左手で合掌をし(片手だけでも合掌というのでしょうか)、お経をあげておりました。その日は少し袈裟(けさ)の着け方がゆるかったのか、どうも少しずれてきているような気がいたします。我々が着ける如法衣(にょほうえ)という袈裟は、シーツのような長方形の布に紐が付いておりまして、その紐を体に巻いて結び、布を挟み込むというごく単純なものです。だから、ちょっと着け方がまずいとすぐにずれてしまうんですね。でも、ゆるいからといってお経をあげている途中で着け直すなんてことは出来ませんから、左手だけで直そうといたしました。紐からずり落ちたところをつまんで上に引っ張りあげます。すると、「ビリ」。どうにも不可解な音が聞こえます。木魚の音と読経の声、衣擦(きぬず)れの音、今聞こえる音はそれだけのはずであります。なんでしょう。もう一度引っ張りました。「ビリリリ」。…恐る恐る音がしたところを見ますと、なんと袈裟の正面の折り目が縦に破れ、下地が丸見えになっておりました。ピンチです。ポク、ポクと木魚を叩く動きと共に、一度開いた裂け目はどんどん広がっていきます。ポク、ポク、ビリッ、ポク、ポク、ビリッ。…お経が終わる頃には、ひどい有様になっておりました。
実はこの時着けていた袈裟は、明治寺の先々代の坊守、昌悦(しようえつ)法尼の袈裟でございました。袈裟というのは、先述の通り単純なものですので、体格が違っても受け継げるのです。私も大事に着けていたのですが、折り目の繊維がだいぶ傷んでいた様子。縫った部分が破けたのならば直しようもありますが、折り目の部分ではどう繕っても不恰好になってしまいます。綺麗に直すことが出来ないのは、昌悦法尼に対して申し訳がない。焦りました。どうにか出来ないかと、裏返したり逆さまにしてみたり。すると、裏側の目立たないところに、施主○○家、維時昭和○○年と、墨で字が書き込んであるのが目に入りました。そうでした、この袈裟はもういらない着物や帯を頂いて、それを継ぎ接ぎして作ったものです。本来、袈裟はそういうもので、人の執着を離れた、いらない布を集めて作るのです。そんな、布を継ぎ接ぎして作る袈裟が、少し不恰好に繕われていたところで、それがどれほどのことでありましょうか。元の通りにしなきゃぁいけない、なんてことはないんだよ。それも歴史の一つ。少しばかり不恰好でもいいじゃないか。なんだか昌悦法尼にそう言われたような気がいたしました。
壊れてしまったもの、失ってしまったものを、元通りにするのは、とても大変なことです。それが特別なものであればあるほど、元の通りになんてならないのかも知れない。傷をなおすことも不足を埋めることも出来ないまま、ただ受け入れていくことしかできない時もある。けれども、以前とは違うことを嘆くばかりでなく、その変化をありのままに受け入れられた時、新たな歴史、新たな価値が生まれることがある。少し不恰好になった袈裟を着けるたびに、そんなことを感じるのです。
袈裟が破れた事件から、少しだけ大袈裟な話をいたしました。
(榮雅)
ひとくち伝言板
9月4日 (日) 午前9時より 写経の会
9月17日 (土) 午後1時より 秋彼岸大施餓鬼会(塔婆供養)
お塔婆は前もってお電話かFAX、eメールにて
お申し込みください。1本3,000円です。
9月22日 午前7時より
〜24日 午後1時まで 第二回 百年祭写経会
10月2日 (日) 午前9時より 写経の会
10月17日(月) 午後1時より 月例法要
11月6日 (日) 午前9時より 写経の会
11月17日
〜19日(木、金、土) 百観音明治寺 百年祭
◇例年、収益を世界の幼い子どもたちのために募金しております献灯会ですが、今年は東日本大震災の義捐金として収益の半分と、当日設置いたしました募金箱、合わせて265,225円を南三陸のボランティア統括団体に直接お届けして参りました。被災された方々へ、より直接的な支援になればとの判断でございます。
また、収益の残り半分、205,300円を例年通り日本ユニセフ協会に募金させていただきました。
百年祭情報
・近く、ご協賛をいただいた方へ11月の百年祭ご案内をお送りいたします。出欠の葉書を同封いたしますので、ご返事をよろしくお願いいたします。
・秋分の日の前後、22日〜24日は、聖観音立像(記念法要にてお披露目、会館の落慶式に開眼予定)の胎内にお納めする御写経のために、広間を開放いたします。
開放時間内のお好きな時間に、お気軽にお越しくださいませ。