ひとくち伝言 平成26年9月

 むかしむかし、ある行者が「怒り」を克服するために一人、山籠りをしたそうです。人里を離れて何年も修行し、ついには自分の心が澄み切って、もはや怒りに心乱されることはないという確信を得た。この心境を人に伝えようと、里に下りて説法をするのですが、誰もろくに話を聞いてくれません。何故耳を貸さないのかと、立ち去る人を引き留めて聞いてみれば、
「そりゃあ、誰もあんたの話なんか聞くわけがないよ」
 との答え。
「なんじゃと!一体、何故じゃ!」
 行者はつい声を荒げて問いただしました。
「ほら、怒った。人がいないところで怒らない修行をしたって、意味がないじゃないか」
 それを聞いて行者は言葉を失い、己の未熟を恥じたそうです。
 人と関わるからこそ、時に衝突やすれ違いも起こるわけで、怒る相手もいないところで悟ったつもりになっても仕方ない。そんな笑い話なのですが、心を鎮めても鎮めても、ふとした事でたちまち燃え上ってしまう、そんな感情というものの厄介さを表しているようにも思えます。

 「怒り」は、仏教では心を蝕んで苦しみを生む、三つの毒の一つとされ、キリスト教でも七つの大罪に数えられる、負の感情です。勿論、エネルギーの源になる怒りもありますが、そのエネルギーも良い使い道が見つからなければ、ジリジリと自分の身と心を苛むことでしょう。仏教では、自分が苦しみを抱え込まぬように、そして安楽になるために、怒りをポイッと手放してしまいなさいと説きます。
 カリフォルニア大学の心理学者、ソニア・リュボミアスキー博士の研究によれば、実はお金や健康、容姿といった要素は、幸せにあまり関係せず、行動習慣こそが大きな要因になるのだとか。その幸せになるための習慣とは、感謝することや楽観的になること、他人と比較しないこと、何かに熱中すること。そして、人を許すこと。
 許すといっても、必ずしも相手と和解したり、譲歩しなければいけないわけではなく、例えば怒りの内容を手紙に書いてそれを破り捨てたり、心の中で思うだけでもいいそうです。要は、幸せを曇らせる怒りという毒を、自分の心に持ち続けないこと。どうやら、許すことは自分が一歩引くことではなく、幸せに向って一歩進むことのようでございます。
 どんなに経験や修行を積んでも、怒りを完全に捨て去るのはなかなか難しいことのようですが、もし怒ってしまったならば、それはチャンスです。その度に自分が幸せに一歩ずつ近づいていると考えれば、許すことも嬉しく、そして誇らしいことになるかも知れません。

                                             (榮雅)


9月〜11月の 行事ご案内
 9月7日 (日) 午前9時 写経の会
 9月8日 (月) 午前9時 写経の会
 9月17日 (水) 午後1時 秋彼岸大施餓鬼会
   お塔婆は前もってお電話かFAX、eメールでお申し込みください。
   一本三千円です。
 10月5日 (日) 午前9時 写経の会
 10月6日 (月) 午前9時 写経の会
 10月17日 (金) 午後1時 月例法要
 10月23日 (木) 第4回 坂東三十三観音参拝 日帰り旅行

 11月2日 (日) 午前9時 写経の会
 11月3日 (月) 午前9時 写経の会
 11月17日 (月) 午後1時 百観音総供養

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

◇一年に二度、昼と夜の長さが同じくらいになる時期をお彼岸と申します。一方に偏ってしまうことなく物事を見つめ、日々を健やかに過ごせるよう、どうぞほとけ様、ご先祖様にお念じくださいませ。
 秋彼岸大施餓鬼会塔婆供養をご希望の方は、事前にお申し込み願います。

◇ 今年の献灯会は、日中、雷雨に見舞われたものの、夕方には持ち直し、雨後の爽やかな空気の中で法会を営むことが出来ました。今年もさだまさしさんや大勢の人にお参りいただき、千以上の灯明が点された賑やかな献灯会となりました。
 収益金のうち15万円を、新しく再建された気仙沼市の保育園の、子ども用の机と椅子のために使わせていただき、残りの10万円を日本ユニセフ協会に寄付いたしました。ご協力ありがとうございました。